生まれて半世紀

僕は、1969年11月21日に生まれた。
何者でもなかった僕は、50年後ライターになり、パソコンの図解書を書いている。
喋るのが苦手で、そのままの思いを伝え切れないもどかしさを、僕は常に抱えていた。
それは今もあまり変わらない。
体力もなく、面白くもない僕は、グツグツとエネルギーだけを溜め込んでいた。
それを解消してくれたのが、書くことだった。
小学校一年生のとき、遠足の感想を書いた作文を担任の田中先生に褒められた。
初めてノートに花丸を描いてもらった。
きっかけはたったそれだけだ。
服を着るにしても、髪型を整えるにしても、誰かしらの目を気にして、何かしらの基準に従ってしまうけれども、書くときだけは自由でいられる気がした。
いつの間にか、書くことは僕自身になっていた。
しかし、ライターになれたのは、自分で勝ち取ったわけじゃない。
また、すぐになれたわけでもない。
大学では、夢に浮かれてなれるモノになろうとしたけれども、何者にもなれなかった。
十年ほど失敗を繰り返した。
バラバラになって、何も描けず、どこにも立てず、ただ睨み付けているだけのムシだった。
いろんな人を傷つけたし、自分を貶めた。
反省したり、絶望したり、怒り狂ったりした後、
自分の中の無駄な物を省いて、削り落として最後に残った物が書くことだった。
そして、導かれるようにたどり着いた。
そんな僕を受け止め、書かせてくれている人たちに心から感謝している。
僕は、一人で書いているわけではない。
書かせてもらっている。
今、こうしてライターとしてこのブログを書いていることがとても幸せだ。
書くということは、考えるということ。
僕は、僕の人生を、僕がみている世界を考えて、言葉にできることを嬉しく思う。
僕にとってそれが生きているということだから。

こんなクソ真面目なことを書くのは、50歳になったからということだけではない。
今、病室から書いている。
原因不明の激しい腹痛にのたうちまわって、ようやく落ち着いたところだ。
命の危険を感じたわけではない。
8日後に息子が生まれる。
僕は父として生まれ変わる。
その決意を書きたくなった。
これからも僕は書き続ける僕でありたい。

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